| 西暦 | 齢 | 事 項 |
| 1834 | 1 | 12月、土佐国安芸郡井ノ口村(現 高知県安芸市)に生まれる。 父…地下浪人 弥次郎 母…美和 |
| 1853 | 20 | 奥宮慥斎に従い江戸に出る、安積艮斎の門に入る。 |
| 1855 | 22 | 父の災厄を知り帰郷、投獄される。 |
| 1857 | 24 | 出獄、追放処分、神田村に住む。 |
| 1858 | 25 | 吉田東洋門下に入る。 |
| 1859 | 26 | 下横目(郷廻)に取立てられ、長崎に出張。 |
| 1867 | 34 | 長崎出張所勤務、土佐商会主任となる、新留守居組に昇進 ※この頃、龍馬と親しくなる |
| 1868 | 35 | 格式馬廻に昇進、長崎に勤務、佐々木高行と対立して辞表を出す。 |
| 1870 | 37 | 九十九商会を始める。 炭坑経営を始める。 |
| 1873 | 40 | 三菱商会と改名、独立する。 |
| 1885 | 52 | 2月7日弥太郎没(東京にて)。 日本郵船会社設立(三菱財閥確立の基礎を築く)。 |

岩崎 弥太郎(いわさき やたろう)
1834〜1885
土佐(高知県)の郷士の家に生まれる。名は寛、号を東山。
藩が長崎につくった土佐商会の実権をにぎり、1870(明治3)年、藩と合併で土佐開成社(九十九商会)を開設。3年後には、この会社を解散して三菱商会をつくり、海運業をはじめる。政府の援助で、イギリスの汽船会社などとの競争に勝ち、郵便蒸気船会社を買収するなど仕事のはばを広げ、台湾出兵や西南戦争にて軍需物資の輸送などをして、大きな利益をあげた。弥太郎の死後、日本郵船会社が設立され、三菱財閥の基礎が築かれた。
岩崎弥太郎 年表
弥太郎の故郷 安芸市の名所
榛葉英治著 『岩崎弥太郎』 参照