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コラム

SUNNYVALE からのひとりごと
Vol.13   背中 1999年10月

久しぶりに、日本の土地を踏んだ。
暑い盛り、日本の空は雲を抱き、こんなにも美しかったかと目を見張るようだった。

そんな中、空港を行き交う若者の背中が気になった。

袈裟懸けにした鞄。
約束のように首から吊り下げられた携帯電話。
曲げた背中。
そして、どたどたと重そうに歩く、その足取り。

アメリカの西海岸に住んでいて、日本から来た若者だとすぐにわかるのは、言葉からではない。姿勢を見れば、日本人だとすぐにわかる。歩く姿を見れば、決定的にわかってしまう。
白人の若者は、みんな化粧っけがなく、素顔に近い。スタイルのよいボディにシンプルな服。弾けた笑顔は、いつも伸ばした背中の上で炸裂している。それは、眩しすぎるほどに。
同じ黒い髪、黄色っぽい肌の韓国や中国の若者でも、日本人の若者よりも姿勢がいい。歩き方もスマートだ。

私がティーンエイジャーのころ、少し背中を曲げて歩いたことがあった。
世の中を拗ねているような、そんな甘えが、私の背中を丸めさせた。
二十歳前後から、背筋を伸ばして歩くようになった。
辛いことがあればあるほど、お洒落をし、背中をぴんと伸ばして歩いていた。

日本への一時帰国の最中、会社勤めをしていたときの後輩のご主人の訃報が、突然飛びこんできた。
思いもしない、知らせだった。

ちょうど10年前、白無垢で向き合った彼女に、私は、喪服で向き合った。

彼女とまだ同じ部署だったとき、彼女は愛犬の死を悲しみ出社できなかったことがある。また、人一倍、人の悲しみに敏感な女性だった。
そんな彼女が、目の前で背筋を伸ばし、立派に喪主を務めていた。
彼女のまわりには、幼子たちが三人。
それでも、気丈に立ち振る舞っていた。
私は、彼女を尊敬した。
そして、その背中をその心を、美しいと思った。

今、携帯電話を首からぶら下げ、歩く若者たちは、その背筋を伸ばす日が来るのだろうか。

嬉しい日々だけではないだろう。
でも、辛い日々にこそ、背中を伸ばして歩いて欲しいと、そう私は思うのだ。



Copyright (c) 1996 by Masayo Fukui
http://www.masayo.org/

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