白く色のない紫陽花が、雨ごとに色づいていく季節、それが日本人にとっての六月だと思う。梅雨があり、空気にも湿り気がたっぷりと含まれているこの季節。お世辞にも気持ちいいとは言いがたいが、猛暑の前の一休みの時期でもあり、子供たちにとっては待ち遠しい夏休みがすぐそこのまで来ている季節でもある。
そんな六月が日本にあったということを、しばらく私は忘れてしまっていた。今、子供たちの体験入学で日本に帰ってきて、やっと、そんな六月を毎日の暮らしの中で思い出している。
私がアメリカで住んでいる町での六月というと、爽やかな月だ。空気には湿気がなく、からりとしている。雨はずっと降らず、日差しはきつくても、日陰に入るととても涼しい。
そして六月は、結婚や卒業など、新しい人生への旅立ちの季節でもある。
六月に入ると、学校では卒業式が華々しく行われる。
小学校や中学校でもそれぞれの学校で卒業式が行われるが、盛大に祝われるのは、高校や大学の卒業式だ。
特に、名門の大学だと、卒業式が新聞の一面を飾る。スタンフォードの卒業式は毎年記事になっているが、今年はクリントン前大統領の長女チェルシー嬢が卒業したので、写真もクリントン前大統領やヒラリー夫人、チェルシー嬢の写真入りで大きく報道された。
それと同時に、今まで通った学校を離れていく生徒がいるのも、六月だ。
アメリカでは、日本と違って簡単に子供を転校させてしまう。
たとえば、先生や学校が気に入らなかった場合、日本人なら一年は我慢しようとするだろうが、アメリカでは一年の途中でも見切りをつける親がいる。一番きりのよい六月では、クラスの友達数人にお別れを言うのが恒例になっている。
もっと良い教育環境を子供に与えてやりたいと思うのは、アメリカ人も日本人も同じだと思う。そんなとき、アメリカ人のフットワークの軽さには驚いてしまう。それは、塾ではなく、学校に重きを置くアメリカ人の学校観なのかもしれないが。
アメリカでは、五月に全国共通のテストが行われ、その結果は新聞で発表される。だから、どの学区のどの学校は成績が良いのか、一目瞭然でわかってしまう。そのテストの結果は家の価格にも直接跳ね返る。良い成績を残した学区では借家も土地も、値段が上がる。上がってもそこに家を買い求めようとする人がいるし、上がったからこそ手放して他の安い物件に移る人がいるのも事実だ。
このように、一軒の家を買っても家族構成や子供の年齢にあわせて家を買い換えるということが普通となっているアメリカでは、人も買い換えに関して柔軟だが、土地や家の価格も条件によって柔軟に上がったり下がったりする。
家の価格はまずは学校が始まる前にピークを迎える。夏休み中に家を決めて、九月からは新しい学校へ通わせようとする親心が、市場をも左右させるのだろう。
なかには、一軒の家を買い、四五家族ぐらいで共有して住んでいる人たちもいる。こういう住み方をしているのは、中国人に多い。中国人は特に親も子も勉強熱心なので、どこか飛びぬけて良い学校が出てくると、見る間に中国人がそちらに引っ越していく。見事なほどである。
こうやって見ていると、日本人である私は、やはり農耕民族なのだと、自分で納得してしまう。一旦自分の土地や家を持てば、そこから軽々と外に出たりはしたがらない。たとえ、担任の先生が気に入らなくても、他にもっと良い学校があると言われても、家を買い換えて移り住むだけの気概がない。少し悪くても、また来年は良い年であるかもしれないと、一所でじっとしてしまう。一所懸命をしてしまうのだ。
一所懸命も素晴らしいことだ。
しかし、素早いフットワークも見習うべきだと感じることもある。
環境が変わることで、また人付き合いも変わる。今までとは違う何かを得られる可能性もあるのだ。そう前向きに考えていけば、開拓することも悪いことではないだろう。
私がここでエッセイを書かせていただくようになってから、ずっと担当してくださっていたN女史も、この六月で新しい土地へと移り、新しい人生のスタートを切るという。
新しい環境や新しい人間関係は、やはり馴染むまでは痛みを伴うものだ。
でも、それにより得られるものは多いと思う。それは親友であったり、素晴らしい環境であったり、あるいは人間としての幅の広さを得ることにも繋がる。
言えることは、前向きに、ということ。
私の子供たちも次の学年が始まる九月からは、新しい学校へ転校する。
しかし、今日本で毎日通っている日本の小学校での体験も、新しい学校での体験も、きっとプラスにできると思っている。体験は、お金では買えない素晴らしい経験なのだから。
新しい門出を迎える全ての人に、幸多かれと、心からエールを贈りたい。 |