6月になり子供たちの学校が終わるのと同時に、家族で旅に出ることにした。家族で旅行に出かけるのは出費がかさんで痛いものだが、それ以上の経験や共通の体験を家族に与えてくれる。こういう旅をきっかけに、子供は一段と成長し、親も子供の別の一面を見ることができる。そういう意味で、私は家族旅行が気に入っている。
アメリカ国内の旅行の交通手段といえば、自動車か飛行機が頭に浮かぶ。飛行機は移動時間が短くて楽なのだが、あまりにも移動時間が短いと、まるでワープしたような錯覚に陥ってしまう。人間の感覚が移動のスピードについていけないのだ。これが自動車の移動となると時間はかかるが、だんだんと変化していく光景を見ながら、自分が移動しているのを実感できる。カリフォルニアで見ていた大地の色が土の色なのに、アリゾナに近づくと、それは赤に変わり、そのうち紫、青、緑、黒などへ変わっていく。そしてどんどん木々の緑が少なくなり独特の地形が見え始める。こうなると、私は夫の運転してくれている横で、なぜだか「帰ってきた」ような感覚を覚えながらわくわくしてしまう。こうやって大地や風景の変化を目のあたりにしながら旅をするというのは飛行機で一飛びするより旅を楽しめるような気がするのだ。
ただ、アメリカの場合はフリーウェイがあるので日本よりずっと自動車で移動しやすい。制限速度が時速55マイル(約時速88キロ)から時速75マイル(約時速120キロ)の道には、信号などなく、料金所もない。何も無いところでは、定規で線を引いたように道路がまっすぐに黒く伸びているだけだ。日本では、居眠り運転を避けるために何キロかごとにカーブを作らなければならないという規則があると聞いたことがあるが、こちらではそういうものは一切ない。ただただまっすぐな道が、地平線の彼方まで続いている。
アメリカのフリーウェイにあって日本の高速道路にないものはなんだろうと、移動途中に夫と話をしてみた。
まずは、車線外と路肩までの間にある溝。
これは、車線の外に出てしまった場合、運転手が気付くように道路に溝が彫ってある。この溝の部分の上をタイヤが走ると、「ゴー」というなんとも言えない底から湧きあがったような音がする。居眠りしていても、はっと飛び起きるほど音だ。
次に、センターライン沿いに打たれているビョウ。
こちらは一般道路にも打ってあるのでフリーウェイに限ったものではない。しかし、ビョウが打ってあることで、その上を自動車が踏むとぼこぼこと音がする。この音も、センターラインを無意識に超えたときの警告となってくれている。
では、日本の高速道路にあってアメリカのフリ―ウェイにないものを考えてみた。
まずは、料金所。
これがなかったら、確実に日本での渋滞は減るのではないだろうか。それに、物価も下がるかもしれない。
次に、照明。
アメリカでは、自動車にはヘッドランプがついているのだから、自分の車のランプで走れということなのだろう。日本の高速道路は正直明るすぎると思う。
ガードレール。
これも、自分の責任でちゃんと走ってくれということだろうか。無料だから、そこまで手が回らないということだろうか。よほどの山道でないかぎりはガードレールがないし、切り立っている岩山の山肌も、コンクリートなどで固めることはなく、いいところ大きなネットがかけているだけだ。
最後に、サービスエリア。
サービスエリアはとっても日本的な場所だと思う。「○○饅頭」や漬物や名産品を置いている。食事もできる。インスタントラーメンをすすったり、トイレ休憩もできる。高速道路に付随した小さなショッピングモールのようだ。「お土産」とか「名産品」という言葉につられて、ついつい高速代以外の出費もしてしまう。
しかし、アメリカにはそういう場所はない。お腹が空いたときはどんな小さな町にもファストフードの店かガソリンスタンドが必ずあるのでそこでコーヒーを飲んだり、トイレを使わせてもらうことになる。ファストフードの店もガソリンスタンドも、お客がトイレだけを使っても文句は言わない。
いろいろと比べながらも、大型のトラックが行き交うフリーウェイも、そして日本の高速道路も流通の血管なんだろうなと考えていた。アメリカでならガソリン代と人件費が流通する物品に加算されて売られるのだろうが、日本の場合は高速道路代も入るのだろう。
高速道路がフリーウェイになる日は、ないのだろうか。
日本では、高速道路とは呼ばず、高額道路(Expensive Way )というのだと聞いた。高額がずっと溜まり溜まって血栓にならなければいいのだが。
私の考え事を知ってか知らずか、いつのまにか満月がユタの東の空に昇っていた。 |