カタカナに踊らされることがよくある。
日本語では外来語をカタカナ表記にする。そのカタカナ表記に慣れてしまうと、赤っ恥をかくこともしばしばだ。
パソコンでメールをやり取りしたことがある人なら、「スパムメール」という言葉を聞いたことがあると思う。不特定多数の人に送られるパソコン版ダイレクトメールのことだ。
この「スパム」という言葉を聞いたとき、私は下を向いて赤面してしまった。なんという命名だろうとつぶやきながら。実はこのとき、私の頭の中には”sperm”という言葉と、おたまじゃくしのような物体がうようよと泳いでいた。
後日、夫の友人に、「スパムメールって、凄い名前の付け方ですね。やっぱり、精子みたいにたくさん送信されるからついたのですか。」などと言ってしまったのだ。「奥様、それは違います。」という落ち着いた(いやご本人は慌てておられたであろうが)対応で、本当のことを知ることになる。 スパムは”SPAM”という塩漬け肉の缶詰の商品名で、アメリカでは第二次世界大戦に兵士や日本人収容所の日本人に配給された。今でも、スーパーの一番上の棚であまり売れることもなく置かれている商品だ。 はじめは美味しいと喜んで食べてもらっていた”SPAM“も、毎日続くと飽きがくる。”SPAM”という言葉は「クダラナイもの」という意味になり、このごろでは「スパムメール」というふうに使われるようになったらしい。 私はカタカナの表記だけを見て、缶詰の”SPAM“と精子の”sperm”を混同してしまったのだ。恥ずかしいかぎりである。
冷や汗をかく思いをした後で、日本食材を扱うスーパーに立ち寄ると、茶色っぽい色をした握りこぶしぐらいの不思議な食べ物がラップにつつんで売られている。その名も”SPAM MUSUBI”。目をひんむいてそのおむすびもどきを見つめる。
俵に握ってあるおむすびらしきものの上に、油でぎとぎとしたハムのような肉のようなものがのっている。その肉とおむすびをくっつけるために、幅2センチばかりの海苔が、ぐるりとおむすびから垂直方向に巻かれている。卵焼きの握りの要領だ。
確かにおむすびと言われればそうかもしれないが、日本人が知っているおむすびとは、全く違う代物だ。
私の手元を覗き込み、いっしょに連れてきた子供たちが騒ぎ出した。
「ママ、買ってよ、ママ、買おうよ。」
値札を見る。なんと一個1ドル50セントもする。一個ずつ買わされたとすればそれだけで3ドルだ。あたふたと”SPAM MUSUBI”を売り場の籠にもどした。
「ママが作ってあげるわ。」と言って、その場を切り抜けた。
しかし、食い物のなんとかは、後をひく。「食べてみたい」を連呼する子供の視線を背中に感じながら、まずは家に帰るとパソコンの前に座った。レシピがないものは作れない。まずは、リサーチだ。
“SPAM MUSUBI”で検索すると、たくさんのサイトにヒットしたことにまず驚いた。
また、一日中料理番組を流しているfood networkでレシピを発見できたことにも驚いた。
http://www.foodnetwork.com/food/recipes/recipe/0,,FOOD_9936_12652,00.html
これは、相当ポピュラーな食べ物なのかもしれない。
作り方は、SPAMを切り、フライパンに油をひかずにかりっとするまで焼いてから照り焼きソースでからめたものを、おむすびの上にのせ、海苔をまいて固定するというものだ。
SPAMがかなり塩辛いので、おむすびは塩を使わずに作っている。またまた驚いたのは、”musubi maker”つまり、おむすび作り器まで使えと紹介されていたことだ。
“SPAM MUSUBI”を知っているカリフォルニア在住のアメリカ人は、実は少なかった。「知っているよ。」と言ったのは、ハワイから来た人だけだったのだ。
ハワイではコンビニエンスストアでも売られている定番お惣菜だ。スーパーでは”SPAM”といっしょに、おむすび作り器が売られている。“SPAM MUSUBI”は手を汚さずに食べられることからかなりの人気者らしい。
ゴルフ場では、そのゴルフ場でしか食べられない特別”SPAM MUSUBI“が売られている。ゴルフをプレーしている人は、このおむすびを食べながら、プレーするというわけだ。
薀蓄はともかく、約束どおりに子供たちに”SPAM MUSUBI“を作ってやると、「美味しい」を連呼しながら、ぺろりと平らげてしまった。甘塩からい味が、真っ白のご飯とあうのだろう。
私もお相伴させてもらったが、少し脂っこいので、冷めてしまったら食べられないだろうなと感じた。
私は炊きたてのご飯と烏賊の塩辛のほうがいいが、これはこれで、ハワイの日系の人にとってはお袋の味なのだろう。
私の住んでいるカリフォルニアでは日本の食材は日系のスーパーだけでなく、韓国系や中国系のスーパーでも手に入る。烏賊の塩辛だって、まだ食べることができる。 でも、ほんの数十年前なら、全く状況は違っていたと思う。日本の食べ物は懐かしいし夫や子供にも食べさせてやりたいが、今のように日本の食材がアメリカで簡単に手に入る時代ではなかっただろう。 私の目からはへんてこりんなおむすびに映る”SPAM MUSUBI”も、限られた食材を使ってできるだけ美味しく家族に食べさせたいという母親たちの愛情が作り出した一品かもしれない。
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